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東京高等裁判所 昭和37年(く)26号 決定

少年 S(昭一七・四・二〇生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、

(一)  原決定は罪となるべき事実の第一として強盗未遂の事実を認定しているが、少年は、相手方に交渉して金員を借用するつもりであつたので、これを強奪するつもりはなかつたのであるから、原決定には事実の誤認がある。

(二)  少年鑑別所において同室であつた某少年の如きは、従来二十回余りも「すり」などをした前歴があつて、自動車運転手の後頭部を大きな石で殴り全治十日間の傷害を負わせて金員を強奪したものであつたのに、試験観察に付せられている。それと本件とを比較すれば、少年は、前歴はなく、余罪がある訳でもなく、前記のように強盗罪を犯した訳でもないのである。原審第二回審判において、裁判官は、少年が日本○○株式会社大森支店に勤務中自宅に持ち帰つていた会社集金のことについていろいろ質問したが、少年はその持ち帰つた集金のことを失念していただけで、これを領得するつもりはなかつたのであるから、これが犯罪になるものとして少年の情状を悪く判断されたのであれば不服である。いずれにしても、原決定が少年を中等少年院に送致するとしたのは不当な処分である。

というのである。

よつて、一件記録を精査して按ずるに、

(一)  原決定の認定した罪となるべき事実の第一は、少年が荒井敏雄の運転する営業用乗用自動車に乗車中、「同車内において同人に対し、金を出せと言い乍ら所携の刃渡四十九・九糎の日本刀を振り向いた同人の鼻先に突きつける等の脅迫を加え、その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、所持金が僅少であつたためその目的を遂げなかつた」という事実であつて、この事実は、荒井敏雄の司法警察員に対する供述調書、少年の弁解録取書及び司法警察員に対する供述調書、原審第一回審判調書中の少年の陳述記載を総合して充分認められるところであり、これが刑法上強盗未遂罪を構成する所為であることも疑を容れない。所論は、右のように相手方の所持金が僅少であつたため、金員を強取することをあきらめた後において、相手方に日本刀を渡したり、金員借用についての話をしたりした等のことがあつたから、強盗罪は成立しないというもののようであるが、それらのことがあつたとしても、強盗未遂罪成立後のことであつて、なんら右犯罪の成否を左右することではない。原決定には、事実を誤認した点はない。

(二)  原審第二回審判において少年が勤務先より自宅に持ち帰つていた集金のことが問題とされていることは、所論のとおりであるが、原審裁判官がこれを少年の余罪をなすものと認めたものでないことは、原決定の事由中に「この間出勤状態は良好であり、真面目に良く働らき、なんらの非行もなかつた」と説示してあることによつても明らかであり、そのことの故に少年の性格をより悪く評価したというのは当らない。原決定は、それを一読して明らかなように、従来なんらの非行前歴のなかつたものであることを明らかに認め乍ら、少年の年齢、犯行の動機、罪質及び態様並びに犯行後の少年の反省の情況等に徴し、あえて中等少年院に送致すると決定したものであつて、本件のようないわゆる自動車強盗、就中被告人の場合のように日本刀その他の凶器を使用してするその種の犯行が重大な犯罪であつて、強度の反社会的性格乃至傾向の内在することを示すものであることはいうまでもないところであり、少年の性格に自己中心的で反省心にとぼしいこと等矯正を要する点のあることも認められるところであり、既に成人に近い年齢であることもあるのであるから、原決定が少年を中等少年院に送致するとしたことは、その理由の首肯できるところである。所論のように試験観察に付せられた少年があるとしても、試験観察は最終的決定ではないのであり、当該少年の年齢その他の個別的事情も関係することでもあるから、その外形のみを本件の場合と比較して原決定を非難することができないことは勿論である。原決定の定めた処分が著しく不当なものであるとする所論も、採ることができない。

以上の次第であるから、本件抗告は理由のないものとしてこれを棄却すべきものとし、少年法第三十三条第一項、少年審判規則第五十条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 高野重秋 判事 上野敏 判事 今村三郎)

別紙

原審決定(横浜家裁 昭三七・三・八決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

罪となるべき事実

少年は、

第一、入質物件の受出金に窮した挙句、自動車強盗によつて金員を強取しようと企て、昭和三十七年二月十六日午後九時十五分頃、川崎市○○×丁目××番地先路上において、川崎タクシー株式会社所属運転手荒井敏雄(当二十六才)の運転する営業用乗用車神五あ七二九八号に友人から貰い受けた刃渡四九・九センチメートルの日本刀を携えて乗り込み、都内羽田方面を乗り廻した上、川崎市○○町×丁目××番地先路上まで運行を命じ、同所において停車させるや突如同車内で同人に対し、「金を出せ」と言い乍ら上記日本刀を振り向いた運転手荒井敏雄の鼻先に突きつける等の脅迫を加え、その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、所持金が僅少であつたためその目的を遂げず、

第二、法定の除外事由がないのにかかわらず、上記日時場所において刃渡約四九・九センチメートルの日本刀一振を所持していた

ものである。

適条

第一の事実 刑法第二三六条、第二四三条

第二の事実 銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三一条第一号

要保護事由

少年は、父○沢○○郎の四男に生れ、郷里の高校を卒業し、昭和三十六年四月に上京してからは、長姉の許に寄宿して日本○○大森支店に事務員として稼働していたものである。

而して、この間、出勤状態は良好であり、真面目に良く働らき、何らの非行もなかつたところ、本年二月に至つて突如本件非行を惹起した。

この本件非行の動機は、次姉M子に貸す金を作るために昨年暮入質した自己のオーバーや時計が流れそうになつたので、急拠受け出す金を作る必要に迫られたところ、所持金もなく借りる宛もなく、加えて、明日からの小遣金にも事欠く始末であつたので、茲に金員調達のためには、違法な手段をも辞さない覚悟となり、強盗を決意するに至つたわけである。

ところで、少年が当審判廷において述べるところによると、少年は本件自動車強盗を企てるにさきがけ、それ以外の様々の犯行手段を検討し、その結果、自動車強盗の成功率の高いことなどからこれを選んだと言うのであつて、その犯行はかなり計画的なものである。

而も、その犯行手段は、振り向いた運転手の鼻先に日本刀を突き付けて脅迫すると言う危険なものでまかり間違えば人命にも影響するところのものであり、犯行態様としてはまことに悪質、重大である。

尤も、運転手の機転にたやすく乗つて、日本刀を運転手に預けて了つたあたりその犯行には幼稚な面も少くないが、これとても少年の虫のよい一人よがりな考え方から出発したもので、根は犯行を導いたのと同じ身勝手な考え方に由来しており、したがつて、かかる事実があるにしても本件非行の悪質性をさほど左右するものではない。

尚、少年の性格上特に指摘しなければならないことは、その自己中心的な考え方であつて、これほどの重大事犯を犯しながら、人ごとのようにたんたんとして自己の非行を語り、調査官には就職の斡旋をたのみ、裁判官に対しては大学進学の希望を述べる等、まつたく自己の非行について顧みるところがない。

而してかかる身勝手な考え方が本件非行の動機、犯行手段の選択過程、及び犯行後の態度を貫ぬく一本の太い線となつている以上、かかる点の矯正なしには少年の真の更生は期待しがたいものと思われる。したがつて、本件少年については在宅処遇による一応の保護の可能性を認めつつも、成人間近き少年の年齢、自己本位な考え方、および事案の重大性等を重く見て、敢て中等少年院に送致することとする。少年としても、この際自己の行為の反社会に深く思いをこらし、二度とかような事件を惹起することのないよう心掛けると共に、自棄に走ることなく社会復帰の日を待ち望む心構えでいる必要がある。

よつて、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 早川義郎)

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